そんなわけであけて二日目
一晩立って足の状態はずいぶんとよくなりましたが
それでもかなり痛いです。
豆が出来たとかそういうんじゃないみたいだけど
うーん此れは正直参ったなあ


…ちなみに…
このときは単に痛くて歩けないだけでしたが、
年が明け春先に皆で姫路に行った時に
爪が根元からはがれてしまいました(マジで)
半分ぐらい肉についてたので旅行中ずーっと絆創膏で抑えてたよ(苦笑)

そんなわけで今日は奈良方面へ
でも、せっかく西本願寺の近くのホテルに泊まっているので
早起きして西本願寺に寄り道することにしました
ちなみに通りの右端のほうに見える屋根が西本願寺

5:30から開放してるからね西本願寺
さすがに、そんな真っ暗な時間に行ってもしょうがないので
日が昇って明るくなってからの出発ですよ


京都奈良日記2009(そのに)

pinkyなくちゃいやジャー!!…って人はもうちょっとまってね


近くと言っても5〜600Mぐらい離れてるんだけど
まあ問題ない問題ない。ブラブラ歩いてるうちに西本願寺に到着です

そういやあ、正面の通りに立派な門が残ってるんだけど

昔はあそこまで西本願寺の敷地だったのかしらん?

境内に入ったら先ずは本堂の阿弥陀堂とお隣の御影堂へ
御影堂は2008年に修復工事が終わったばっかり

でも、中から読経が聞こえますよ?!
此れは朝のお勤めの真っ最中ってことでしょうか?!

うーん、此れは中に入りにくいっていうか一寸待ったほうがよさそう
とりあえず境内を一回りして後で拝観させてもらおうっと

こんな千鳥破風の中身まで一回り〜んふふふふ

そして軍配チェキー
なんか良いよねこういうの

子鬼を発見したのでここでもチェキー

とかブラブラしていたら
ぞろぞろって出てきた!

なんていうか結構壮観(笑)
宗派は違うけど「雲水托鉢図」を髣髴とさせる光景でしたわ
人並みが過ぎ去った後ゆっくりと御影堂を拝観させてもらって
そろそろ奈良へと向かうことにしました

でも、とりあえず正面の門が気になるので〜
通りのほうからも門なめに西本願寺チェキー

どうでもいいけど、飛び出し看板多いのねこの辺

んでもってモダンな洋風建築で営業中のなか卯

京都って街中に意外と年季の入った洋風建築が多いんだな

さて、西本願寺で意外と時間をとられてしまいましたが
ココからは問題なく一気に南下して
橿原神宮駅に到着です

僕、飛鳥とかのあたりを良くまわっていたんだけど
橿原神宮って一回も降りたことなかったんですよね
今回は橿原神宮と藤原京を中心に回りますよ

って、やだ怖いこの看板!!!

そんなわけで先ずは駅の近く久米寺にやってきました
…なんだろう?!なんか工事してるみたいな音がするんだけど!?

なんか気になるけど先ずは入ってすぐの大塔礎石
このお寺、聖徳太子の弟久皇子が送検したお寺で
昔は結構大きなお寺だったそうですよ

そして金堂には…

…えー…

どうも屋根の葺き替え工事中のようです
工事中とはいえ金堂には入れるみたいなのですが

…受付のところに人がいないよ?

重文の宝塔を見ながら暫く待ってみたのですが
お寺の人が戻ってくる気配はありません
一応金堂に入るのにはお金払わなくちゃいけないっぽいんだけど
お金だけ置いて勝手に入るのも気持ち悪いし

このまま待ってるのもナニなので
帰りにもう一回寄るつもりで先に橿原神宮のほうを回ることにしました

橿原神宮は神武天皇の橿原宮があったと言われる場所にたっていて
すぐ裏手の畝傍山の麓には神武天皇稜もあるんですよ

そして外拝殿でおまいり〜
御所の賢所を移築したと言う本殿はココからは見えません残念!!

こちらは北門。入ってきた南門と違い
こちらは屋根が丸っこいですね

さて、神宮を後にして畝傍山へ
確かこの麓のあたりにイトクの森古墳があるはずなんだけど
どこだか結局わかりませんでした

んでもって東大谷日女命神社におまいり

しかし、このあたりでまた足がやばくなってきました
折角だから登っておきたいけど、ちょっと此れはきついかなあ…

…藤原京の地図、昔教科書で見たのよりも大きいような…

藤原京のあった橿原の土地には
今いる畝傍山、その東の香具山。
そして北には耳成山という
所謂大和三山院囲まれたところに作られてるところに注目
そういやあ、ココから南には甘樫丘があったよね
つまり藤原京って東西南北を独立した山に囲まれた
その中に作られていたってことか

そんなわけで畝傍山に登るのは諦めて本薬師寺跡。
礎石しか残ってないけど西ノ京にある薬師寺は
ここから移転したんだと思うと一寸ワクワクしませんか

そして日高瓦窯跡を探していたら
朱雀大路跡に出てしまいました
ただの空き地に見えるけど、
草の生えてるところが路面で両脇の一寸低くなってるところが側溝跡
ちなみに道幅19M、側溝の幅4Mだそうですよ

この道をまっすぐ南に引っ張ると甘樫丘の西側を掠めることになります

つまり藤原京って大和三山+甘樫丘
つまり「4っつの小山に囲まれた土地」

やばい、そう思うとなんか無茶苦茶面白くなってきたぞこの辺!!

いよいよ香具山に近づいてきました
直線距離で2kぐらいだから歩いてきたけど
しまった、レンタサイクル借りればよかったかも

麓の天岩戸神社の脇からいざ山頂へ向かいますよ
ええ、折角ココまで来たんだからやっぱ登らないとね

登山道の途中に伊弊冊神社。

そしていつもどうり山の中〜
小さい山と思ったけど思ったより歩くなあ

山頂の国常立神社〜ココの神様は国土形成の神様なんですよ
と言うわけでやっぱりおまいり〜

こんなあちこちの神様におまいりしていたら
神様同士喧嘩してしまわないかしらとか思いますが
まあ、基本的には「一寸写真(pinky)取らせてね」っていう
挨拶のつもりなので〜

そして麓に下りてきたらココにも神社
いかん、ナニ神社だったかメモしておくの忘れてた!!

さて、神社におまいりしたら今度は藤原宮跡を目指しますよ
ココから歩いて1Kぐらいですが、だだっ広くて対象物が見えないので
余計に遠く感じてしまいますね

っというわけで藤原宮東門跡あたりから眺める
香具山方面〜

そしてこっちは畝傍山

んでもってあれは耳成山
地図で見ると耳成山って綺麗な丸い形をしているのですが
ココから見ても綺麗な丸い形をしていますね

こちらは藤原宮跡の地図。
運教科書でみたっ記憶があるのはこのサイズだよね
もともとこのぐらいの大きさだったと言われていたようですが
最近の研究だと先ほどの地図ぐらいの
大和三山を飲み込むぐらい広かったのではないかって
話のようなんですが…

こうやって周りを眺めると、何でココに都を作ろうとしたのか
なんとなく「ココに都作ったら面白くね?」
って気持ちがわいてきちゃうから面白いですね

大和三山って確か神聖な意味があったと思ったけど
そういった山に囲まれた土地に都をおきたいって思うのは当然だよね

で、16年で遷都しちゃったのは
いろいろ理由があるとおもうけど
この場所に立って思うのは
結局使いにくかったからじゃないかな?!

だって都、それも宮殿の三方を甘樫香具山耳成の三山
残る一方を甘樫丘と、
都の東西南北の正面を山に押さえられてるのって使いにくいですよ

だいたい、南って都の正面なのに
そのすぐ先に甘樫丘があるのって
凄く不便じゃない?
そもそもココから南はもう山だしさ

平城京は東西が山で長岡京は西と北側が山
平安京は東西北が山って考えると
平安京以外はどれも微妙に落ち着かない位置関係

風水だなんだっていうけど、それは決してオカルトではなく
お手本にした中国の都の構造が都の防衛や運営にとって非常に合理的に
考えられていたってことじゃないだろうか?

南が都の正面ならそこは開けてるほうが良いし
それ以外、特に北側は山を背にしたほうが都合が良い。みたいな感じでさ

とか妄想膨らませてたら妙にワクワクしてきたぞ!!
やばい。ココ楽しい!!。なんか妙に想像力かきたてられるよ

しまったなあ。こんなことなら中学の時
もっとちゃんと授業聞いておくんだった!!

とか妄想してるうちに耳成山に到着〜
ココは公園の隣にあるので家具山よりも整備されてますよ

落ち葉に埋もれてるけど歩きやすい上り坂〜

そしてココにもやっぱり神社
なんかかなり立派なのが出てきたぞ

耳成山口神社葉結構立派だけど近くによると
そこらじゅうネコだらけ。
どうも山に猫を捨てる人が多いらしく
あちこちに捨て猫禁止の看板が立ってました

ちなみに、神社の裏手が本当の山頂なので
ネコの脇を抜けて上へと目指しますよ

まあ、山頂になにか凄いものがあるってワケではないんですけどね
登れるなら登っておかないとバチが当たるよ

…しまったなあ、足痛いけど結構登れるじゃないか
しょうがない。どうせ神武天皇稜によるつもりだったし
やはり畝傍山も登っておくか!

ってなワケで耳成山から再び畝傍山へ
まずは緩靖天皇桃花鳥田丘稜〜

そして、神武天皇畝傍山東北稜
うーんなんていうかこっちのほうがでかいなあ流石に

そして先ほど引き返した登山道から
再び畝傍山山頂を目指しますよ

ちなみに、耳成山139M、香具山152M 畝傍山は199M…
まあ、今回も山頂には神社か何かあるんだろうなあって思っていたのですが

あれ??基壇の跡しかない?!
うーんなんだか残念

でも当たり前のようにネコはいます

しかし山頂からの眺めは良いですね
西側だけだけど木立が切れているので眺めは凄く良いですよ

というわけで藤原京跡を歩いて回ったのと
山登り三連続でかなり足をやられてしまっていたので
必死の思いで奈良市内まで戻ってきました

久米寺にもう一回よるのすっかり忘れてた

いや、でももう本当に歩くのが辛かったからしょうがない

毎年恒例の正倉院展がなかったら
奈良市内に寄らずに京都に戻っていたかもしれませんよ

でもとりあえず毎年恒例の興福寺チェキー

もう仮金堂方面もチェキー!!

毎年同じアングルの写真撮ってる黄がするけど講堂と五重塔もチェキー

今年は金堂の土台が出来ていましたよ
来年も楽しみですね

以前買ったばかりのカメラを駅の近くで落としてるので
どうにも鞄の中を頻繁に確認する不審者と化してしまいます

とにかく、もう本当に足がやばいので
そそくさと京都へ戻りますよ

ちゅうわけでビール飲んで寝るー

ホテルからご飯食べれるところ遠いんだよう


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